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風切りの枝

エッセイ/原稿用紙4枚/2004.1.22


風切りの枝僕は幼年期を某S県で過ごしたのだが、これはそのときの思い出話である。

おそらく僕の一番古い記憶だろうな……。かろうじて思い出せるけど、もはや色は抜け落ちてしまっている。いわば白黒写真のような記憶だよ。

当時住んでいた家の近所に、池があった。
周りを林に囲まれた、静かな場所だった……と思う。
子供の目で見たからか、案外広い池として記憶している。僕はこの池の、何かしら神秘的なところに惹かれて、よく遊びに行ったものだった。おそらくその池と……友達だったのだろう。

ある日のこと。

僕はその池に、一振りの細長い枝を浸していた。
なんでそんなことをしたのかと訊かれても困るが、たぶん、その枝に、その池の神秘的な何かを、わけてもらいたかったからに違いないと思う。
浸している間、僕は数を数えていた。
いくつまで数えたかは、憶えてない。
そのあと、右手にしっかり持って、思い切り振った。

「ひゅう!」

という音がした。
僕は満足すると同時に、とてもおもしろく感じた。ひゅうひゅう歌わせながら帰り道を歩いたのである。

すると、当時の友達がひょっこりと道に現れた。彼は僕の枝を羨望のまなざしで見つめると、
「いいなぁ……」
と心の内を素直にのたまい、続けて、その音の出る枝の作り方を教えてくれ、と懇願したのだった。

僕はこれに作り方があり、そして自分はこれを偶然にも作り上げてしまったのだと思いこんで、心底びっくりしてしまった。
そこで僕は彼とともに池に引き返し、彼のために枝を探したのだ。適当なのを見つけると、さっそく池に浸させたのである。
「もういい?」
「まだ!」
僕らは数を数えた。そのあと。
彼はできあがったばかりの枝を手に持って、思い切り振った。
振り方がまずかったらしく、音は生まれなかった。
僕は自分のを振った。

「ひゅう!」

友達が、がっかりした。僕も、非常に残念に思ったものだった。

 ※

数年後、僕の家族は某A県に引っ越すことになる。

引っ越す日、友達がトラックのミニカーをくれた。
いまでも大事にとっている。だがその友達の消息は、もはや知ることはできない。

ごめん。名前も顔も忘れちゃったけど友達よ。
君は、風切りの枝の作り方を、発見できたであろうか?











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